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現場の声

劇場でイタリア人の歌い手のそばで歌うと、彼らにしかない声の響き、フレージング、言葉さばきがある。

 

それは、長くイタリアに住んだことで耳が喜ぶ心地よさでもあるし、レッスン中に何度となく言われた部分でもある。

 

その本当の意味での必要性って、レッスン室の中だけでは感じられなかった。

 

けれど、これはイタリアで歌って認めてもらういわゆる基礎になる部分なんだと思う。

 

イタリアでも、私たち日本人がアリアを歌ってブラーバを頂けることはある。

それは声や音楽に対してであって、なかなかそれ以上は難しい。

 

イタリア人は、私たちが扱う歌詞をそのまま直接受け感じることができる人たち。聴衆の耳はものすごく素直。

だからこそ、彼らに、外国人が歌っていると感じさせないように歌いたい。

 

音楽でブラーバはもらえるが、言葉だけではブラーバは貰えない。言葉はその音楽に深みを出させる。上質になる。格上になる。

 

4年半勉強してきた。

まだまだ目指せる高みがある。

幸せなことです。